2回。下は痛いジャムに耐えるかフェースムーブで行くかの選択って感じか。ブロック下からリップまでつながるかが問題。
意外とかぶってるので、かぶり耐性のない体には堪える。背中の疲労がすごい。
周辺を散策して終了。
奥平さんと昇仙峡。(たぶん)未登のワイドクラックを登った。
場所は、センチュリーバレー。センチュリー・フォー・カラーズのアプローチから分かれてアメジストを目指して沢を渡り、アメジスト直下で(今は)明瞭な踏み跡を右に分かれる。踏み跡はすぐに落ち葉で埋もれてしまうと思うけど、小さなボルダーが目印。しばらくトラバースして、アメジストの右のルンゼのさらに右の落ち葉ルンゼを上がる。クラックは、両ルンゼの間の巨大なスラブの右側面のハング帯にある。ルンゼの上部は落ち葉ルンゼから倒木ルンゼに変わる。クラックは右側面ハング帯の裏面にあるので、倒木ルンゼを最終局面まで上り詰めないと見えてこない。
昇仙峡には今、岩を破砕するダイナマイトの大音量が轟いている。かつて「くさび」問題が起こったこの地で、岩がダイナマイトで破壊されている。ダイナマイトが良くて、わずか10mmあまりの穴がだめという理があるだろうか?
ダイナマイトの轟音と、雷光を思わせる岩の割れっぷりとで、渓谷に嵐が来たかのようだ。ということで、Electrical Stormとする。
奥平さんとアメジストライト。
2日目も1回だけ。前回は特に考えずに通過した下部で躓いた。久しぶりのフィンガージャム。順手のフィンガーで小指に結晶が突き刺さって、痛くて無理だった。
中間部、前回あやふやだったところを確認した。右△ピンチ→左カチ→右ガストン→左足を高く上げて左フィンガー(あれ?シンハンドだっけ?)→右シンハンド→左足を高く上げて左シンハンドみたいなかんじ。やっぱりあやふや。
上部はよくわからない。また今度。
あとは周辺散策。
清水俊史『ブッダという男−初期仏典を読みとく』(筑摩書房、2023年)
色んな意味で話題のこの本を読んだ。前半は現代の我々の願望をブッダに投影してはいけないという話がとても面白くて、後半はバラモン教や他の沙門宗教との違いが説明されとても面白い。
「業法輪廻の苦しみを終わらせるために、インドの諸宗教はそれぞれ独自の思索を重ねた。そのなかでブッダは、原因と結果の連鎖によって個体存在が過去から未来へと輪廻していること、そして輪廻が起こる根本原因が煩悩であることを突き止めた。」(188-189)
「輪廻の苦しみを終わらせるためにには、無知(無明)をはじめとする煩悩を断じなければならないとの主張は、他宗教には見られない。つまり、縁起の逆観こそが、インド史上におけるブッダの創見であると評価できる。」(189)
ブッダは「突き止め」、他の宗教の宇宙観とは異なる仏教の宇宙観を築き上げた。それはわかった。
わからないのは、なぜ他の宗教ではなく仏教の宇宙観が当時のインドで受け入れられたのか。他の宗教の宇宙観も仏教の宇宙観も証明は不可能なのだから、それ自体の説得力の差はないように思える。もしかしたら、この見方がもう現代的な見方で、当時のインドの人たちにとっては説得力に違いがあったのかもしれないが。でもないような気がする。で、もしそれぞれの宇宙観のコンテンツ自体に説得力の差がないのだとしたら、なぜ仏教の宇宙観が受け入れられたのか。すぐに思いつくのは、ブッダが言ったからというものだろう。コンテンツではなくて、それを言った人に説得力があったということ。たとえば、ブッダの実践に説得力があったとか、弁がたったとか、ものすごいイケメンだったとか。
クライミング観は、コンテンツと同じくらい、そのクライマーによる実践が大事、なんてことはあるだろうか?先日のボルダリングでくさのさんと話したんだけど、岩のクリーニングをするときには、このフレークが剥がれると登れなくなるなとか、このフレークがここで割れたら良いホールドになるなとか、こっち向きに割れたら悪過ぎて登れないかもとか、そういうことを考える。そういうことを考えると、無意識にでも自分の都合の良いようにクリーニングをしてしまいかねない。そうすると、岩に自分を合わせるのではなく自分に岩を合わせることになる。そもそもそんなことを考えながらクライミングをしたくない。というわけで、脆いところもそのままに触れないように登ってしまう、極端な話をすると苔も落とさない、という実践をしているのがくさのさんで、そこには独特の説得力がある。が、僕には無理。
ちょっとまえに、発見したクラックを掃除しに行った。このクラックは前傾ワイドで、クラックの中にはチョックストーンが詰まっている。不安定なチョックストーンは危険だから登る前に除去したいんだけど、そのときにも、このチョックは登るのに邪魔だからどけてしまおうとか、これはホールドになるしこれをどけるともう登れなくなるんじゃないかとか、そういうことをどうしても考えてしまう。それがいや。だったら掃除せずにそのまま登ってしまえばいいじゃないかという話なんだけど、不安定なチョックストーンは危険。でも、危険という言い訳を盾に岩を自分に合わせるのもいや。だけどそのまま登る実力はない。という終わりのない問い。
背面の正規アプローチを使ったら、落ち葉斜面のアプローチに大苦戦。これから何度も通うのであれば、アプローチは考えた方がいいのかもしれない。
上まで上がって、フィックスを張って、岩の掃除とムーブ確認を行った。上部スラブコーナーに松の落ち葉が溜まっていたり、まだ掃除が必要。面白いことに、ここは重力と下から吹き上げる風の力が拮抗して、ちょっとしたコーナーの出っ張りとか小枝とかに落ち葉が堆積する。落ち葉を叩くと風に巻き上げられ、目の中に入ってくる。次回は作業用メガネを用意したい。
クラックのレストポイントから上のムーブを探ったら、やっぱりムーブはある。問題は自分に可能かどうか。レストポイントから5mのランナウトで、アヤしいマスターカム黄。ここは旧マスターカムしか効かないんじゃないかと心配してたけど新マスターカムも効いたので、安心した。フォールでヘッドが折れないかが心配ではある。そこから、紫、オレンジ、青か。で、ハング帯の最終局面は大きなデッドポイント?こんなにフィジカル的に厳しいルートは登ったことがないし、こんなにプロテクションが厳しいルートも登ったことがない。順番を間違ってるのは間違いなさそうだ。
重いロープを引きずった上部スラブも自信なし。
そもそも、ぶら下がってハング帯まで降りた時に、壁の大きさに圧倒されて、もうダメだった。普段登ってる岩と大きさが違いすぎる。このプロジェクトと真剣に向き合うのであれば、まずはこの壁の中に留まっていることに慣れるところから始めないといけない。