以降の話を理解してもらうために、まずは基本的な用語を確認しておきます。関節の名前です。
指の一番先っぽの関節がDIP関節です。指の先から数えて二番目がPIP関節です。三番目は手のひらの中に隠れているもので、MP関節です。ハンドジャムの話をするときにはMP関節が最も重要なので、MP関節を覚えておいてください。
なお、親指だけは関節の名称が他の4本の指とは異なります。親指の一番先っぽの関節がIP関節で、二番目の関節がMP関節です。親指に関してはもう一つ関節を確認しておく必要があって、手首の位置にCM関節があります。CM関節は、指を折り曲げるというよりは、指を振る動きを作ります。CM関節とMP関節の間の骨が、第一中手骨です。なお、親指とその他の4本の指はともにMP関節を持っていますが、ハンドジャムにおいては、親指とその他の4本の指とでMP関節の位置づけが異なりますので、親指に関しては「親指のMP関節」と呼び、その他の4本の指は単に「MP関節」と呼ぶことにします。
それでは、ハンドジャムの話を始めましょう。
ハンドジャムのキメかたには大きく分けて2つあって、その違いは、MP関節を曲げるか、伸ばすかです。1つ目のキメかたは、MP関節を曲げるやり方です。MP関節を曲げると、手を横から見たときに手が「く」の字に曲がります。そこで、このやりかたを「くの字ジャム」なんて言うことがあります。MP関節を曲げるのに使う筋肉は虫様筋なので、「虫様筋ジャム」と呼ぶこともあります。今回の話の要点は、「くの字ジャム」をやめようという話です。
もう一つのキメかたは、MP関節を伸ばすやり方です。この場合、手首から(少なくとも)PIP関節まではまっすぐ伸びます。これが推奨されるハンドジャムのキメかたです。以下では、なぜMP関節を曲げてはいけないのかを説明します。なお、MP関節を伸ばすハンドジャムにはこれと言って名前がありませんが、私は吉田和正さんからこのジャミングの方法を習ったので、ここでは「吉田式ハンドジャム」と呼んでおきます。 ちなみに、宮下さんは「くの字ジャム」でマーズを登ってるので、強い人は何をしても強いようです。われわれ弱い者がいかにして弱いままでもより良く登るかを考えたときに求められるのが「吉田式ハンドジャム」であると考えてください。
以下では「吉田式ハンドジャム」について述べたいのですが、その前に、例外的に「くの字ジャム」が必要になる場面もあるということも確認しておかなければなりません。その例外的場面とは、手のひらの厚みに対してクラックの幅が広い場合です。ワイドハンドなんて言ったりもします。この場合には、ハンドジャムをキメるのに必要な手の厚みを確保するために、「くの字ジャム」をしないといけないことがあります。ワイドハンドでも「くの字ジャム」を回避するアイデアはないわけではないんだけど、検討中なのでその話はまた今度。
さて、本題に戻って、ハンドジャムにおいてMP関節を曲げてはいけない理由を説明します。ポイントは(1)接地面積と、(2)手の甲の余った皮です。
まずは(1)接地面積から。接地面積において重要なことは、岩と手の甲との接地面積を可能な限り広く確保することです。広い接地面積が必要となるのは、接地面積が広ければ広いほど、手の甲と岩との間の摩擦が増えるからです。ハンドジャムは摩擦でキマります。摩擦が増えると、第一に、力をいれる必要がなくなります。同じだけのハンドジャムの保持力を確保する際に、接地面積が広いと少ない力でよくて、接地面積が狭いと大きな力が必要になります。接地面積を広く確保することで、力を抜いて楽にハンドジャムをキメることが可能になります。それにより、ストレニュアスなクラックでも疲れずに登ることができるし、レストポイントでも楽にレストすることができます。更には、接地面積が広いと岩から受ける圧力を広い面積に分散することができるので、ジャムをキメても痛くないという副次的なメリットもあります。
接地面積の重要性を理解したところで、「くの字ジャム」と「吉田式ハンドジャム」で接地面積がどのように異なるのかを確認しましょう。ここでは2つの要素を考慮する必要があります。(1-1)MP関節とPIP関節との間の領域と、(1-2)手首からMP関節までの間の4本の骨の配置です。
第一の(1-1)MP関節とPIP関節との間の領域については、「吉田式ハンドジャム」はこの領域を接地させることができるため、「くの字ジャム」よりも広い接地面積を持つことが重要です。「くの字ジャム」では、手がMP関節を境にくの字に曲がるので、岩と手の甲との接地面は、手首からMP関節までに限られます。MP関節からPIP関節までの間は、岩から離れています。これに対して、「吉田式ハンドジャム」では、MP関節をまっすぐに伸ばすので、手の甲側の手首からPIP関節までが岩に接します。岩の形状によっては手首からPIP関節まで全部とはいかない場合もありますが、「吉田式ハンドジャム」が「くの字ジャム」よりも広い接地面積を持つことは間違いがありません。これにより、「吉田式ハンドジャム」はより効果的にハンドジャムをキメることができます。
接地面積に関わる第二の要素である(1-2)手首からMP関節までの間の4本の骨の配置については、「吉田式ハンドジャム」では4本の骨が平面上に配置されることが重要です。他方、「くの字ジャム」では4本の骨がアーチ状に配置されます。この違いは、「吉田式ハンドジャム」と「くの字ジャム」の形を作ったうえで手の甲を手首側から観察することによって理解することができます。「くの字ジャム」の場合はその特徴が顕著で、明確なアーチ状を観察することができます。このアーチ状の手の甲をクラックに挿入すると、局面と平面を合わせるわけですから、接地面積はごく僅かなものになります。より正確に言うと、4本の骨のうち、人差し指につながる骨と中指につながる骨の間の三角形の領域が岩に接することになります。
それに対して、「吉田式ハンドジャム」の場合は、「くの字ジャム」に比べるとアーチがゆるくなります。手首の側から見ると、手の甲の平面に近い形状を観察することが可能です。この平面に近い形状により、人差し指につながる骨と中指につながる骨の間の領域から更に薬指につながる骨の方に向かって広い領域が岩に接することになります。なお、「吉田式ハンドジャム」においても、完全は平面にはならず、僅かなアーチを観察できるはずです。しかし、この僅かなアーチは、押しつぶすことが可能です。「吉田式ハンドジャム」の形を作って、手のひらを上に向けて平らな面に乗せ、手のひらを反対の手で押しつぶしてみてください。押しつぶすことで、手の甲がより平面に近づきます。それによって、更に広い接地面積を確保することが可能になります。手の甲を押しつぶして平面に近づける際に重要なのは、手のひらの脱力です。手のひらに力が入っていると、押しつぶそうとしても、4本の指の配置が固定されて、潰れません。手のひらを脱力することにより、4本の骨の配置が固定されず、より平面に近い手の甲を作ることができます。それによって、手の甲と岩との接地面積を広く確保できます。さらに、この脱力は、岩の微妙な凹凸に手の甲をフィットさせることを可能にします。ハンドジャムをセットする手のひらの脱力は非常に重要なポイントで、ハンドジャムはキメようキメようと努力するとキマらず、フッと脱力したときにキマります。ちなみに、ここで、「吉田式ハンドジャム」と比較して、「くの字ジャム」のアーチは堅固で、反対の手で押しても決して潰れることがないことも確認しましょう。
ここまでが(1)接地面積の話で、次は(2)手の甲の余った皮の話です。要点は、「吉田式ハンドジャム」は手の甲の余った皮を使ってハンドジャムをキメめることができるということです。では、手の甲の余った皮の役割を理解するための実験をやってみましょう。
右手でハンドジャムをキメると想定して、右手を「吉田式ハンドジャム」の形にして、体の前で構えてください。そうしたら、左手の人差し指から薬指までの3本の指を、右手の手の甲の真ん中あたりに強く押し当ててください(3本じゃなくてもいいんですけど、3本がわかりやすいのでここでは3本にします)。そして、この3本の指を右の手の甲に押し当てたまま、右手の指先に向けてずらします。最初に起こるのは、右の手の甲の皮のズレです。3本の指は右手の皮膚を滑らず、手の甲の皮を指先に向かって1cmほど寄せあげるはずです。そこから更に3本の指を右手の指先に向かってずらします。そうすると、3本の指が右手の甲の皮膚の上を滑り始めます。このとき、右の手の甲のMP関節とPIP関節の間のMP関節よりの位置に、寄せられた皮が湾曲して溜まっています。3本の指が右手の指先に向かって移動して、この湾曲した皮を押しつぶすときに、引っ掛かりが生じるのを感じてください。ハンドジャムはこの引っ掛かりでキメます。
「くの字ジャム」ではこの引っ掛かりが生じないことも確認しましょう。右手で「くの字ジャム」を作って、同じことをやってください。寄せられた皮はMP関節とPIP関節の間にたまりますが、手がくの字になっているので、3本の指は溜まった皮に触れることなく、MP関節の上から空を切ります。この仕組みにより、「くの字ジャム」では手の甲の余った皮を使ってハンドジャムをキメることができません。
手の甲の余った皮を使う「吉田式ハンドジャム」で注意すべきことが一つあって、それは、クラックに手を入れた位置と、ハンドジャムがキマる手の位置は異なるということです。クラックに手を入れて、手の甲を岩に当て、そこから1cmほど手前に手を引いた位置で、ハンドジャムはキマります。それは、1cmほど手の甲の皮が寄るからです。手を入れた場所でハンドジャムを決めようともがいても、ハンドジャムはキマりません。1cmほど手前に引いたところで、手の甲の皮が寄り、皮の湾曲が生まれ、その湾曲が引っかかって、ハンドジャムがキマります。
以上の、(1)接地面積と、(2)手の甲の余った皮の要素により、「吉田式ハンドジャム」は「くの字ジャム」よりも遥かに小さな力で大きな保持力を生み出すことができます。むしろ、手のひらの力を抜けば抜くほど、ハンドジャムは決まる仕組みになっています。
この「吉田式ハンドジャム」はワイドハンドを除いてどんな場面でも有効ですが、特に有効な場面が2つあります。第一は、シンハンドです。シンハンドサイズのクラックにおいては、「吉田式ハンドジャム」なら、手の甲の真ん中くらいまで手が入れば、手の甲の余った皮を寄せることができるので、さほど大きな力を加えなくてもハンドジャムをキメることができます。それに対して、「くの字ジャム」であれば、虫様筋を最大限に出力して力任せにジャムをキメることになってしまいます。
「吉田式ハンドジャム」が特に有効な場面の第二は、水平クラックです。水平クラックに「吉田式ハンドジャム」をキメると、手首からPIP関節までをベッタリとクラックの上面に当てることができ、広い接地面積を確保することができます。ハンドジャムはしっかりとキマり、痛くありません。他方、「くの字ジャム」だと、岩との接地面は、人差し指と中指のMP関節の膨らみの2点に限定されます。再度、「くの字ジャム」の形を作って、手首側から観察してみてください。人差し指と中指のMP関節がフタコブラクダのように出っ張っていることがわかるはずです。この2点のみがクラックの上面に当たり、ジャムの保持力は弱く、めちゃくちゃ痛いです。なお、ここでもやはり、「吉田式ハンドジャム」をキメるコツは手のひらの脱力であることを確認しましょう。力を抜くとハンドジャムはキマります。
ついでに言うと、手のひらの脱力はシンハンドサイズのクラックに手を押し込む局面でも重要です。手のひらに力が入っていると、手の甲にアーチができ、シンハンドサイズのクラックに手を最大限押し込むことができません。シンハンドサイズのクラックに手を押し込む際には、手のひらを脱力し、岩の形状に骨が自然と沿うようにねじ込んで、脱力したままハンドジャムをキメましょう。
ここまででハンドジャムにおける手の甲の使い方を理解したところで、もう一つの鍵である親指の使い方を確認しましょう。
親指の使い方において重要なことは、CM関節を動かさないことです。もう少し正確に言うと、CM関節を動かしてCM関節と親指のMP関節の間の骨(=第一中手骨)を手のひら側に畳み込む動きをしないことです。ジャミングをキメるため手の厚みを増す効果を期待して第一中手骨を手のひら側に畳み込むやり方がありますが、おすすめしません。
そうではなくて、CM関節と親指のMP関節の間の骨は、4本の指の手首からMP関節までの骨と同一平面にキープするのが望ましいやり方です。この場合、MP関節とIP関節のみを折り曲げ、MP関節より先の部分のみを手のひら側に折りたたみます。
第一中手骨を畳んではいけない理由の第一は、第一中手骨を手のひら側に畳むと、自動的に4本の指の手首からMP関節までの骨にアーチができるからです。手の甲のアーチはハンドジャムをキメる際に妨げになることを思い出してください。アーチができると、接地面積は少なくなり、ジャムはキマりにくくなります。
理由の第二は、アーチができることとの関連で、手の甲の皮が親指側に引っ張られ、皮の余りが少なくなってしまうことです。ハンドジャムは手の甲の余った皮を使ってキメるものであり、皮の余りが少なくなると、ハンドジャムはキマりが甘くなります。
第一中手骨を手のひら側に畳むハンドジャムがとりわけトラブルを起こすのが、シンハンドサイズのクラックです。第一中手骨を手のひら側に畳むことで手の厚みを出そうとすると、親指のMP関節とCM関節の間くらいまでがクラックに入っていなければなりません。それより細いクラックでは、第一中手骨による厚みだしが機能しません。
これに対して、MP関節とIP関節のみを折り曲げ、MP関節より先の部分のみを手のひら側に折りたたむというやり方だと、親指の先がクラックに入ればハンドジャムはキマります。もっというと、更に細いサイズで親指が全く効かなくても、手の甲の余った皮だけでハンドジャムをキメることも可能です。第一中手骨に頼るハンドジャムをやっていると、その技術も使えません。
以上述べたとおり、4本の指についてはMP関節を伸ばし、親指についてはCM関節を動かさず、親指のMP関節とIP関節のみを曲げ、手のひらは脱力し、手の甲の余った皮を引っ掛ける、これがハンドジャムのキメかたです。冒頭で例外を示した通り、ワイドハンドでは「くの字ジャム」に頼らざるを得ない場面がありますが、それ以外の場面ではだいたいこの「吉田式ハンドジャム」のほうがより良くキマりますし、痛くないです。
ということでここで終わりにしてもいいんですけど、ついでにテーピングの話もしておきます。
まず、「吉田式ハンドジャム」をキメる際には、ジャミンググローブは邪魔です。ジャミンググローブは手の甲の余った皮を使うことを不可能にするからです。ジャミンググローブをする場合でも接地面積は重要なので、「くの字ジャム」より「吉田式ハンドジャム」が望ましいことに変わりはありませんが、手の甲の余った皮を使うという「吉田式ハンドジャム」の最大の利点を殺してしまいます。シビアなハンドジャムが要求されるときには、ジャミンググローブはおすすめできません。
また、ジャミング初心者がハンドジャムを学ぶ際にも、ジャミンググローブは妨げになります。手の甲の皮を使う練習ができないからです。さらに、ジャミンググローブは手の甲の保護効果が高いので、力任せの「くの字ジャム」をしても手の甲があまり痛くないので、力任せでないハンドジャムのキメかたを学び機会も失われます。初心者はジャミンググローブは使わないようにしましょう。
そこで活躍するのがテーピングです。「吉田式ハンドジャム」ではテープの貼り方にも工夫をすることができます。最も重要なポイントは、手の甲の余った皮を最大限活用できるようにテープを貼ることです。
まず、「吉田式ハンドジャム」では手首からPIP関節までを岩に接地させることが可能なので、テープはPIP関節の下まで貼りましょう。そのため、よく使われる指の付け根でループを作って折り返す方法は不適切です。単純に、手首からPIP関節下まで一枚のテープを張ってしまいましょう。テープの上端は、PIP関節下に細いテープを巻くことで止めます。親指も同様の貼り方をすることで、フィストまで対応できるテーピングが可能です。
テープを貼る際には、MP関節を曲げた状態で貼る必要があります。その理由は、手の甲の余った皮を潰してしまわないようにするためです。MP関節を伸ばしてテープを貼ると、MP関節周辺の皮が縮んだ状態でテープを貼ることになり、皮の余りが小さくなってしまいます。
テープを貼る順番としては、先に親指に2枚、次に人差し指、中指、薬指、小指の順番がいいです。それぞれに、手首から、4本の指についてはPIP関節下まで、親指についてはIP関節下まで、テープをまっすぐに相互に重なるように貼ります。なお、この6枚のテープのみだと、親指と人差指の間にV字状の隙間ができてしまいますので、最初に人差指のMP関節から親指側の手首にむけて斜めにテープを張っておくと、隙間を埋めることができます。同じように少しずらして中指のMP関節からも貼っておくと、手の甲をより保護することができます。全部のテープを貼れたら、各指に細いテープを巻いて上端を止め、手首に細いテープを巻いて下端を止めます。下端を止める際には、テープはゆるく巻きます。手首のテープがきついと、手首の動きが制限されますし、手首を曲げたときにテープが破けます。なお、ハンドジャムは素手が一番というマッチョな人もいますが、私は痛いのは嫌いなのでその立場には立ちません。
以上で、ハンドジャムの話は終わりです。次回は、「フィンガージャムはなぜキマるのか」という話をしようと思います。